意識しすぎなんだって

個人の考え

〈勉強は得意だけどスポーツや人付き合いが苦手なタイプの人は「意識ですべてを制御しようとしすぎ」てるのかも〉

このサイトを見て思ったこと。

不器用なひとは意識しすぎているというのはすごく納得しました。

私もこのタイプだと思いました。

その上で思ったことを書いていきます。

 

意識しすぎると

『新インナーゲーム』でのテニスの壁打の例。

テニスの壁打がうまくできない子が

「ポン、ポン、ポーン」

と言いながら打つことでうまくできるようになった。

意識は身体・言動の操縦がヘタクソ。

 

これはよくわかりました。

確かに、体がうまく動かないときは、

体を動かそうと意識しているときだと思います

例えば、ブラインドタッチ、フリック入力もそうだと思います。

無意識に動いているほうがスムーズです。

人付き合いも(?)

人付き合いも同様。らしい。

人付き合いも無意識に任せた方がスムーズになると。

 

確かに、何を喋ればいんだろうと考えてると、喋れなくなってしまう。

しかし、無意識に任せていいのか?

人付き合いは相手がいるので、自分だけスムーズになったところで、と思ってしまう。

喋れないという自分個人の問題は、無意識に任せることで解決できるかもしれないが。

 

無意識になるには

 

テニスの壁打は声を出すことで、意識を逸しています。

また、ある子は「ボールの縫い目を見るように」というアドバイスで

バックハンドがスムーズに打てるようになったそうです。

キーワードは「視線」をずらすこと。

 

意識、視線を他のもの(身体の操縦と関係ないもの)に向けることで、

身体の操縦無意識に移るということです。

 

書いているうちにわかりました。

人付き合いも同様だということが。

自分に向いている意識を、相手に向ける。

そうすることで、言動の操縦無意識に移るので、

相手、その場を意識した言動がスムーズにできる。

 

「意識しすぎ」というのは、正確に言うと、

意識してもうまく操縦できない自分の身体・言動に意識しすぎ

ということだと思います。

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